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兜町の風雲児、K氏こと加藤あきらとは何者?

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たびたび仕手筋として名が挙がる加藤あきら氏。

投資をしている方なら、「K氏」という名称を見聞きした方は多いでしょう。

 

このK氏こそが加藤あきら氏であり、仕手筋と非常に有名です。

仕手筋を語るには外せない存在となっているK氏ですが、何故ここまで有名なのでしょうか?

 

今回は兜町の風雲児、加藤あきら氏の魅力と生い立ちを探っていきます。

 

 

1.生い立ち

 

1941年生まれ。

相場師の父を持ち、広島県にて3人兄弟の1番下の弟として生まれましたが、父親が投資で失敗し一家離散。3歳のとき広島の親戚に預けられます。

 

加藤氏は子供の頃から成績優秀であり、将来の夢は高級官僚になることでした。

しかし1945年、第二次世界大戦末期であったため広島市内にて被爆。

原爆の後遺症から、後に肺結核を患い治療に4年を費やします。

 

治療後、早稲田大学へ進学。トップの成績にて卒業する超優秀な生徒でした。

しかし、肺結核の治療による4年の遅れが壁になり、一流企業への就職は叶いませんでした。

 

1-1.相場師の道へ

一流企業への就職は叶わなかったものの、岡三証券へ就職し、父親と同じ道である相場師として一歩踏みを出します。

しかし支店長と折り合いつかず4ヶ月で退職。職場を転々とすることに。

 

行き着いた先は黒川木徳証券(現:株式会社あかつき)

ここで外交員として兜町に復帰します。

 

持ち前の頭脳と、説得力のある外交力で次々と顧客を獲得。

ここで総会屋を通じて、大物政治家や経営者に近づいたようです。

 

1-2.設備グループ結成

ここから加藤氏は一気に力を付けていきます。

 

ヂーゼル機器、岡本理研ゴムの仕手戦にて、政財界の黒幕と噂されていた笹川良一氏の信頼を得ることに成功。

 

1977年には設備グループの前身である「ダイヤル・インベストメント・クラブ」を結成。

さらにこれ以降、加藤氏は独立し「設備グループ」と名を改め茅場町に本拠を置きました。

 

設備グループでは社長や医師、政治家など約800人もの投資家がおり、グループ全体の時価総額は1000億近くと推測されていたのです。

 

1980年には「兜町最強の仕手筋」としてマスコミに注目されるようになり、加藤氏を「兜町の風雲児」として祭り上げました。

 

1-3.様々な仕手戦に成功した絶頂期

バブル期である1980年代は数々の仕手戦で活躍します。

 

特に有名なのは、設備グループが総力を上げた「宮地鉄工所の仕手戦」です。

当初200円台だった株価は2950円の14倍以上まで上昇。

 

このとき宮地鉄工株の株価上昇と共に「設備グループに入れば儲かる」と噂され、ますます影響力を拡大していきます。

 

設備グループにより発行済株式の70%まで買い占められた宮地鉄工は、会社乗っ取りにまで発展。

 

「株式の革命。資本家や大手証券にいじめられてきた弱小投資家の戦いだ」

この時加藤氏はこのように豪語しました。

 

この他にも岡本理研ゴム、安藤建設、石井鉄工所、丸善など様々な仕手戦を仕掛け、どれも大きく値上がりしたことで話題となります。

 

ちなみにこの時の加藤氏の所得は、全国37位の5億1619万円。

現在の価値に換算すると、約6億7000万円程です。

※消費者物価指数からの計算

 

1-4.バブル崩壊と逮捕

バブル崩壊と共に証券会社、総会屋、大蔵省などの癒着問題が浮き彫りになり関係者が次々と逮捕されていきました。

 

その後の加藤氏は鳴りを潜め、死亡説まで流れるまでに。

 

しかし1995年「新しい風の会」を設立し、兼松日産農林の仕手戦を仕掛けます。

株価を13倍までつり上げ、健在をアピール。

 

この後もいくつか仕手戦を仕掛けます。

 

が、2015年、新日本理化の株価を不正につり上げたとして東京地検特捜部により、金融商品取引法違反の疑いで、妻、長男と共に逮捕されました。

 

この時の加藤氏はすでに車椅子の状態であり、保釈が認められてからは入院を続けてた状態です。

 

公判では無罪を主張。

しかし体調が優れず、判決を待たずして東京都内の病院で病死、その生涯を終えました。

参考:公判中の仕手集団元代表の加藤被告が死亡

 

 

2.数々の伝説を残した相場師

 

大変人望が厚く、顧客の株券は加藤氏が預かっていたようで、とある大臣経験者は15億分の資金を加藤氏に預けていたようです。

 

それもそのはず。

1981年に東京地検特捜部に脱税容疑で逮捕されましたが、顧客情報を一切もらしませんでした。

非常に口が固く、表に出てはまずい情報は決して喋りません。

人望の厚さを裏付けるエピソードです。

 

バブル期の激動の時代を生き抜いた、兜町の風雲児 加藤あきら。

これらのエピソードから、他の仕手筋とは違う大きな魅力を感じるのではないでしょうか。

 

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